【島原半島】雲仙温泉から、水の都・島原へ。山海の恵みと大地の遺産を巡る
2025.09.16日本初の国立公園であり、ユネスコ世界ジオパークにも認定されている島原半島。活火山のパワーを宿す温泉と湧き水、豊富な海と山の幸で、心身にエネルギーを取り戻す旅をしよう。


島原湾から望む島原半島。海と山の間に肥沃な大地が広がる美しい半島だ(画像/島原市)。
明治時代、欧米人が見つけた高原の避暑地、雲仙温泉
長崎県の南東部に位置する島原半島は、有明海、橘湾、島原湾に囲まれ、普賢岳を含む三峰五岳から成る火山群、雲仙岳の山岳美と、火山帯に湧く質の高い温泉で知られる。火山と共存してきた半島は、ユネスコ世界ジオパークに認定されている、大地の遺産だ。
江戸時代、唯一海外との交易が許されていた長崎の出島。鎖国が解かれた後、長崎県内だけでなく、上海租界などに住んでいた欧米人が、夏の暑さに閉口して、避暑地として見つけたのが雲仙温泉だという。


(左)雲仙温泉は、701年に行基が「温泉山満明寺」を建立し、教義と共に温泉の効用を説いたと伝わる古湯。12世紀には数百人の僧侶や山伏の独房が点在し、温泉や宗教施設での癒やしを求める巡礼者が訪れていたという(画像/雲仙市)。(右)自然と人が共存する雲仙温泉の街並み。
(上)雲仙温泉は、701年に行基が「温泉山満明寺」を建立し、教義と共に温泉の効用を説いたと伝わる古湯。12世紀には数百人の僧侶や山伏の独房が点在し、温泉や宗教施設での癒やしを求める巡礼者が訪れていたという(画像/雲仙市)。(下)自然と人が共存する雲仙温泉の街並み。
豊かな自家源泉と美食の宿「ゆやど雲仙新湯」
明治時代に雲仙温泉にバカンスでやってきた欧米人は、一家そろって長期間の滞在が常。習慣も志向も違う人々の需要に応えて、西洋風のホテルがつくられ始めたのは明治中期だった。ゆやど雲仙新湯は、そうした草創期、外国人に向けた「新湯ホテル」として1908(明治41)年に創業した。雲仙温泉の中でも良質なお湯に恵まれた、老舗の宿として評判が高い。

婦人大浴場「佳宵の湯」。内湯につながる露天風呂は日本庭園を望む。第三源泉をかけ流した硫黄泉のお湯は、濃度が高いのにとても柔らかな肌あたり。つるんとひと皮向けたような肌の蘇りを感じた。
「約1,000畳分の敷地内に4つある源泉は、全て自然湧出です。『月庭』の客室露天風呂、貸し切りで利用できる家族風呂『まどか』、朝・晩で男女が入れ替わる大浴場『香仙翔』、男女別の大浴場『絹笠の湯』と『佳宵の湯』には、それぞれ異なる源泉を配湯しています。泉質は同じ硫黄泉ですが、色みや濃度などが少しずつ違うんですよ」と、4代目にあたる若女将、豊田桐子さんが教えてくれた。


受け継がれてきた建具などを生かしながらリノベーションした露天風呂付客室「月庭」。檜風呂には白濁した第四源泉がかけ流しで注がれ、贅沢に独泉できる。料金/28,270円~(1泊1室2名利用時の1名料金 税・サービス料込み、入湯税別)。
若女将は長年、東京の外資系企業のマーケティング部門で活躍していたが、先代が急逝した2020年、雲仙に戻り家業を継承することになったという。ちょうどコロナ禍だったこともあり、宿のコンセプトを練り直し、「国立公園内にある、自然との共存」をテーマに、雲仙檜を使ったリノベーションとSDGsの取り組みに着手。檜の床材が張り巡らされたモダンなブックラウンジには、座り心地のよいソファやロッキングチェアが配されている。
数多いリピーターの中には、毎年イギリスから来日する建築家もいるそうだ。
「周りの自然環境を極力損なわないようにリノベーションした趣を、気に入っていらっしゃるのかもしれません」

ブックラウンジのソファで、読書のひと時を楽しみたい。背後には雲仙檜で作られた書棚が。

窓外に広がる山の緑を眺めながら、ゆったりと寛げるロッキングチェアが人気。
島原半島の食材にこだわった、見事な会席料理

見た目の迫力に反して、上品な味わいの高級魚、虎魚(オコゼ)のお造り。ぷりぷりとした食感から、抜群の鮮度と包丁さばきの技が伝わってくる。
島原半島は三方を囲む海の幸はもちろん、火山灰が含まれる豊かな土壌を生かした田畑や果樹園も数多くあり、食材の宝庫だ。
「先代の父が提唱した『島原半島15マイル宣言』を踏襲して、食材は島原半島でとれたものにこだわっています。料理長は釣りが趣味なので、魚の目利きです。毎日地元の鮮魚店と話しながら、選び抜いた魚を使っています」と若女将がいうように、刺身の虎魚は歯ごたえがあり、かむとうまみがジュワッと溢れ出た。都会ではなかなか口にできない貴重な魚と出合えた喜びが満ちてくる。
今年、BIGLOBE主催「第16回みんなで選ぶ温泉大賞®」で、「ローカル・ガストロノミー温泉宿」に選ばれた。地産地消に徹した料理のレベルが、いかに高いか証明されたと言ってよいだろう。

厚みのある長皿に並ぶ色とりどりの八寸。吟味された地元食材を華やかな器が引き立てる。

珍しいひし形の蓋物の中には、しっとりとした茄子豆腐が。
夕暮れ時、大浴場「香仙翔」の露天風呂に下りていくと、涼やかな空気と鳴り響く虫の音に包まれ、まるで山の中で湯浴みをしている気分になった。虫の音とパワーのある温泉には絶大な癒やし効果があることを実感し、なかなか湯船から上がることができなかった。
ゆやど 雲仙新湯
- 長崎県雲仙市小浜町雲仙320
- 0957-73-3301
- 料金 18,700円~(1泊1室2名利用時の1名料金 税・サービス料込み、入湯税別)
- チェックイン 15:00 チェックアウト 10:00
- 長崎空港から車で約1時間半
- https://www.sinyuhotel.co.jp
大地の鼓動を感じる「雲仙地獄」とレトロな温泉名物
温泉で身体が芯から温まったこともあり、久しぶりにぐっすりと眠れた翌朝、温泉街を歩いてみた。噴気孔から真っ白な水蒸気が噴き上がる「雲仙地獄」は、整備された遊歩道でぐるりと一周できる。当地最大の観光名所だが、江戸時代にはキリシタン殉教の舞台にもなった歴史遺跡でもある。

雲仙岳が活火山だからこそ、至るところから大量に湯煙が立ち上る「雲仙地獄」。ユネスコ世界ジオパークらしい大地の鼓動を感じられる貴重な場所だ。
一つ食べると1年寿命が延びるといわれる名物の温泉たまごは、雲仙地獄内の「雲仙地獄工房」と温泉神社の脇の東屋で手に入る。レトロなラベルデザインに心惹かれる「温泉(うんぜん)レモネード」は、素朴な甘みが懐かしさを醸し出す。

黄身の色が濃い蒸したての温泉たまごは、熱々を食べるのが醍醐味。

温泉レモネードには、雲仙普賢岳の恵みの天然水と島原半島産のグリーンレモンが使用されている。
温泉神社の目の前にある「雲仙温泉 遠江屋本舗」は、「雲仙湯せんぺい」の伝統を守る店。塩味のある温泉水を用いた生地を、一枚一枚手焼きしているのは、もうここ一軒しかないと店主の加藤隆太さんからうかがった。サクサクとした食感の湯せんぺいは、昔から胃腸にもよいと湯治客に人気だったというのも頷ける優しい味わいだ。



1枚ずつ手焼きする加藤さん。明治中期に宿として創業し、戦後、土産物店になってから湯せんぺいを焼き始めて70年以上という「遠江屋本舗」。
雲仙温泉 遠江屋本舗
- 長崎県雲仙市小浜町雲仙317
- 0957-73-2155
- 営業時間 8:30~19:00
- 木曜休み
- 土・日・祝日のみ、手焼き実演販売
- https://www.unzen-yusenpei.com/
雲仙岳の伏流水が湧き出る水の都・島原市

島原市のシンボル、島原城。白く輝く5層の天守閣の最上階まで登ると、周辺の景色が一望できる。
雲仙温泉を堪能したあとは、山道を下り島原市に向かった。1618年から7年もの月日をかけて築かれ、1964年に復元されたという島原城が迎えてくれる。「屏風折れ」の石垣を取り囲む外堀は、蓮に埋め尽くされていた。城内にも水が湧いており、70カ所を超える湧水地がある島原市は、“水の都”とも称される。
城の西にあった鉄砲隊の居住地のうち、下の丁の町並み延長406.8m、幅長5.6mが「武家屋敷町並み保存地区」に指定されている。道の真ん中に水路が通り、いにしえの武家の暮らしを偲ぶのにふさわしい場所だ。

湧水が流れる水路と石垣が往時のまま残る武家屋敷町並み保存地区。山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3軒が無料で公開されている。
人々の暮らしに根付く湧水



(左)上の町の商店街にある「速魚川(はやめがわ)湧水」。(中)スーパーの駐車場にあり人が絶えない「柏野湧水」。(右)「浜の川湧水」は生活用水としても使われている。
(上)上の町の商店街にある「速魚川(はやめがわ)湧水」。(左)スーパーの駐車場にあり人が絶えない「柏野湧水」。(右)「浜の川湧水」は生活用水としても使われている。
町の至るところに湧き出る水のほとんどが飲用に適した軟水なので、終日、多くの市民や観光客がマイボトル持参で水をくみに来る。湧水スポットを巡りながら町歩きをするのも楽しい。

「しまばら湧水館」内の湧水を使って作る「かんざらし」。ツルッとした白玉とさらりとした蜜は、清らかな水の賜物。
町の人々が湧水を守り、水路に鯉を放流している「鯉の泳ぐまち」の一画にある「しまばら湧水館(Koiカフェゆうすい館)」。ここでは事前予約(3日前まで)で、島原のローカルスイーツ「かんざらし」を作る体験ができる。
この日、参加したのは島原出身の小学校教員、大場満柚菜さん。「小さい頃から食べるのは大好きでしたが、作るのは初めて。楽しみにしていました」と声を弾ませた。



かんざらし体験を指導してくれる中村さん(左)と体験者の大場さん(右)。白玉粉を練り、小さなお団子状にしていく。乾きやすいので素早く丸める。しまばら湧水館は、昭和初期に建てられた趣のある木造瓦葺平屋。
かんざらしの作り方を丁寧に教えていたのは、島原観光ビューローに所属する中村恵美さん。
「火山の活動で新たに地割れが起きると、水脈が変わり湧水が増えることがあります。島原市内に多くの湧水地があり、島原半島内に3つも泉質が違う温泉があるのも、火山のおかげなんですよ」

九十九島(つくもじま)方面から島原半島を望んで(画像/島原市)。
人も温泉も水も食も、並々ならぬ活力が感じられる島原半島。慌ただしい都会暮らしでエネルギー不足を感じたら、ぜひ島原半島の旅でパワーチャージをしてほしい。
しまばら湧水館(Koiカフェゆうすい館)
- 長崎県島原市新町2-122
- 0957-62-8102
- 営業時間 9:00~18:00(メニュー提供時間 10:00~16:30)
- かんざらし体験は要予約
- https://shimabaraonsen.com/guide/koicafe
Information
文=越山昌美
撮影=松隈直樹