都会に息づくクラフトマンシップと創造。伝統と革新が響き合う台北旅
2025.08.27

台北の南西部、下町の風情が漂う萬華地区にある龍山寺。創建乾隆三年(西暦1738年)の、台北で最も歴史のある寺だ。台北最強のパワースポットともいわれるこの寺は、地元の人たちや観光客で常に賑わっている。
台北の信仰の中心地として古くから人々の祈りを受け止めてきたこの地には、神具街や薬草街、伝統市場など、人々の暮らしと密接な関わりのある店が軒を連ねている。ここには、先祖代々この地に生きる人々の営みが静かに息づいているのだ。
伝統というバトンを受け取った新世代は、いま何を想い、どう表現しているのか。その想いに触れることで、伝統と革新に満ちた台北という街を、より深く知ることができるだろう。

龍山寺。2018年には国定古跡に指定された。
親から子に受け継ぐ伝統〜三寶神明用品(サンバオシェンミンヨンピン)
龍山寺から徒歩10分弱。神具店が立ち並ぶ通りの一角にある「三寶神明用品」は1987年に開業した神具店だ。商売繁盛を願う提灯や、中華圏で広く信仰されている神様である「媽祖(まそ)」の衣装などが、店内に所狭しと並んでいる。

数々の神具が並ぶ三寶神明用品の店内。
提灯のバリエーションが多岐にわたっており、媽祖をはじめ、さまざまな神様の衣装が非常にきらびやかなのが特徴だ。衣装には、装飾にスワロフスキー社製のクリスタルガラスのみを使用したものもある。

スワロフスキー社製のクリスタルガラスをふんだんにあしらった、神様の装飾品。

それぞれの衣装は、どの神様にあわせるものなのかが決まっているそうだ。
この店は、とある一家が経営している。父の馬俊安(マー・ジュンアン)さん、母の廖于萱(リャオ・ユーシュエン)さん、そして娘の馬唯庭(マー・ウェイティン)さんだ。
娘の唯庭さんは今年32歳。4歳と1歳の娘がいる、2児の母だ。
「実は、家業を継ぐつもりは全くありませんでした。幼児教育に興味があって、本当は幼稚園の先生になりたかった。だから大学を卒業してから、幼稚園でインターンしていたんです」と笑う。
この店の創業者は唯庭さんの母、廖于萱さん。

黙々と作業する、于萱さん。
于萱さんは1987年の創業からずっと第一線で活躍してきたが、2014年に手を怪我し、主力商品である提灯に文字を書くことが難しくなってしまった。しかし折しも繁忙期、店では既に大量の注文を受けてしまっている。このままでは納期に間に合わない。
当時、幼稚園でインターンをしていた唯庭さんは、家業のピンチを乗り切るため、母の代わりに文字を書くことにした。デザインを習ったこともなければ書道をたしなんだこともない。「その場しのぎ」のつもりで、見よう見まねで始めた「手伝い」が、彼女の運命を変えていく。結果、唯庭さんはそのまま家業を継ぐ決意をし、いまでは父・俊安さんや母・于萱さんと共に店を切り盛りしている。

一家で仲睦まじく切り盛りしている。
「継ぐことになったのは偶然でしたが、今では良かったと思います。この場所は龍山寺の近くで、人々の信仰と暮らしとが密接につながっている。私たちの世代がこのような伝統産業の担い手になることで、次の世代にバトンを渡すことができます」
日本と同様、台北でも伝統産業の後継者不足は深刻だ。だからこそ唯庭さんは「時代の寵児」として、メディアに取り上げられる存在でもあった。
「家業を継いだのは23歳のときのこと。20代前半の女の子が台北で神具店を継ぐなんて珍しいから、当時はテレビ局の取材をたくさん受けました」
そう笑顔を見せながら、自分が出演した番組を見せてくれた。まだあどけなさの残る表情でインタビューに応える傍ら、真剣なまなざしで提灯の制作に取り組む姿が印象的だった。
店内の提灯には、黄色の下地に龍などの模様が描かれているものが多い。黄色は、金運や財運を表す色。龍は、繁栄、幸運、力強さなどを表すモチーフ。どこまでも縁起がよさそうだ。眺めていると、思わず手に取りたくなってしまう。

鮮やかな色とモチーフが目を引く。
「オーダーメイド品だと完成までにある程度の時間をいただくことになりますが、既製品の提灯でしたらすぐにお渡しできるので、観光客の方は既製品の提灯をお土産に買っていくことが多いですね」
彼女が提案してくれた「既製品の提灯」も、とても手の込んだ逸品だった。

当日持ち帰りが可能な提灯。観光客に人気だ。
20代の頃から、伝統産業の若き担い手として注目されてきた唯庭さん。次世代への継承をどう考えているのか。
「娘たちが継ぐかどうかは、娘たちの希望を尊重したいですね。私自身、もともとは幼稚園の先生になりたくて、継ごうとは思っていなかった。母の怪我をきっかけにこの仕事を始めて10年が経ちましたが、今でも続けているのはこの仕事が好きだから。娘たちにも、自分が好きなことを見つけて、充実した人生を送ってもらいたいと思います」
その温かなまなざしと口調には、母として娘の幸せを祈る気持ちが満ちていた。
この店を訪れる海外からの観光客は、シンガポールやマレーシアの華僑が多いという。海外からの観光客から、提灯への英語の文字入れをオーダーされることもあるそうだ。